INTERVIEW
▼経歴
- 1974年 名古屋大学医学部卒業
- 1974年 岡崎市民病院研修医
- 1975年 名古屋大学医学部付属病院耳鼻咽喉科医員
- 1981年 岐阜県立多治見病院耳鼻咽喉科医長
- 1994年 名古屋大学耳鼻咽喉科助教授
- 1997年 名古屋大学耳鼻咽喉科教授
- 2014年 国立長寿医療研究センター耳鼻咽喉科部長
- 2015年 一宮医療療育センター長
- 2018年 一宮医療療育センター総長
▼資格
- 耳鼻咽喉科学会 専門医
- 気管食道科学会 専門医
- 補聴器相談医
- めまい相談医
- Q1: 医師としてのキャリアと抱負を教えてください。
- 40年以上になりますが、そのうちの多くは大学病院での勤務でした。大学の臨床は、医学がベースの要素が大きいです。重症心身障がいの医療についても医学的観点が重要です。重症心身障がいでは、誤嚥、無呼吸は大きな問題ですが、耳鼻咽喉科、気管食道科の専門医として取り組みます。創意工夫して検討した内容の論文化も必要と思っています。1970年代は医学部卒業後すぐに専門科に入っていくのが普通でしたが、名大では、卒業後ローテート研修が普通でした。今思うと岡崎市民病院での研修医時代(耳鼻科にはまったく行きませんでした)も今の重症心身障がいの臨床に役立っていると思っています。
- Q2: 一宮医療療育センターからの論文業績は?
- ・『耳鼻咽喉科疾患と認知機能-感覚器障害・嚥下障害-』
中島 務
Geriatric Medicine
53(4):309-310,2015
『Meniere’s disease』
Nakashima T, Pyykkö I, Arroll MA, et al.
Nature Reviews Disease Primers.2:May 12,2016
『Web of Scienceからみた日本のRehabilitation分野の論文』
中島 務、杉浦彩子
The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 54巻3号233-239, 2017
『重症心身障害者における気道狭窄の画像評価』
中島 務、山木健市
日本気管食道科学会会報 69巻4号 248-254, 2018
『重症心身障害児者における誤嚥防止手術』
中島 務、藤本保志
喉頭 31巻 1号 6-13, 2019
『一人暮らし高齢者の難聴自覚と補聴器使用状況』
中島 務、他
Audiology Japan 62巻2号 131-141, 2019
『Olfactory function in persons with cerebral palsy』
Nakashima T, et al.
Journal of Policy and Practice in Intellectual Disabilities 16(3): 217-222, 2019
『Heart rate variability in a patient with alternating hemiplegia』
Nakashima T, et al.
Intractable & Rare Disease Research 8(2): 134-137, 2019
『Gustatory function in persons with cerebral palsy』
Nakashima T ,et al
Journal of Oral Rehabilitation 47(4) :523-527,2020
INTERVIEW
▼経歴
- 1976年 京都大学理学部(数学)卒業
- 1982年 名古屋市立大学医学部医学科卒業
- 1997年 名古屋第二赤十字病院第三小児科部長
- 2010年 あいち小児保健医療総合センター副センター長
- 2015年 日本赤十字豊田看護大学専門基礎(臨床医学)教授
- 2018年 一宮医療療育センターセンター長(現在に至る)
▼資格
- 日本小児科学会 専門医
- 日本腎臓学会 専門医
- 「子どもの心」相談医
▼一宮医療療育センター外での活動
- ①名古屋小児臨床研究塾(PRiNCE)塾長
名古屋市立大学小児科医局を中心に、主に若い先生方に対して臨床研究を進める上でのフィロソフィーや方法論を身につけてもらうための勉強の場を設けて2016年にスタートし3回/年行っています。詳しくはホームページ(https://prince.amebaownd.com/)を。 - ②名古屋第二赤十字病院・臨床研究推進センター外部委員
月に1回の臨床研究推進センターのメンバーへ1回/3ヶ月全職員向けに講義を行っています。また、全診療科から提出される臨床研究計画書の査読を行っています。 - ③愛知県医師会・学校保健部会や学校健診委員会の委員,愛知腎臓財団・慢性腎臓病対策協議会の委員
腎臓小児科医として愛知県の腎臓病学校検診の質の向上を目指して活動しています。「愛知県腎臓病学校検診マニュアル」を2010年に作成し、2016年に第二版、2022年に第三版の改訂を行いました。マニュアルは愛知腎臓財団のホームページ(http://www.ai-jinzou.or.jp/pediatrics/index.html)から見ることができます。 - ④日本人小児の腎機能を評価するためのたくさんのデバイスを作成しました。スマホで“小児、eGFR”と入れて検索してフリーアプリ「Child eGFR」を取り込んでください。子どもであれば、1回の採血で腎機能を知ることができます。
- Q1: 医師としてのキャリアと抱負を教えてください。
- 小児科医です。医者人生のほとんどを腎臓小児科医として過ごしてきました。その中でも腎不全医療(慢性腎臓病、腹膜透析、そして腎移植)をライフワークとして活動してきました。2018年に、縁があって当センターに就職することになりました。私の医師としてのスタートは新生児医療だったのですが、当センターを利用していただいている方々とご家族の多くは新生児期からずっと苦労をされてこられたことと思います。ご利用者様とご家族に少しでも幸せになっていただけるように精進したいと思います。加えて2019年から小児発達外来を開始し、こどもの発達に悩んでいるご家族の相談とこどもの人生を考えた介入を進めていきます。
- Q2: 医師を志した理由を教えて下さい。
- 45年以上も前に理学部を卒業するときに就職活動をしていましたが、うまくいかず方向転換して医師になりました。決して崇高な志を持って医師になったわけではありません。母子家庭に育った私は、オイルショック後の就職難の時代に飯の種として職業を選びました。
- Q3: 医師として大切にしている思いを教えて下さい。
- 1.正直と誠実
患者様との関係(診療)、スタッフとの関係(チームの仲間として)、また研究者としても、常に患者様の役に立つか否かを物差しに行動してきました。最も大切にしていることは“正直と誠実”です。 - 2.SOC(Sense of Coherence; 首尾一貫感覚)
WHOの健康の定義は、「身体的、精神的、社会的に健全であること」となっていますが、そんな人は誰もいません。それぞれ何か問題を抱えながらそれを解決しようと努力する経緯が健康の証拠ではないかとSOCの概念をアントノフスキーが唱えました。今自分に起こっていることを客観的に“わかる”、きっと自分は今の状況を打開“できる”に違いない、このつらい状況は自分の長い人生にとって必ず“意味がある”と感じることのできる状況が健康であると定義していて、その感覚を忘れないように生きています。また、そのことを周囲の人にも伝えています。 - 3.安心
子どもたちにとって、家は安心できる安全基地でないといけません。そして、さまざまな質を持った子どもにとって園や学校も安心できる環境が大切です。同じことが重症心身障害児者にも、職場のスタッフにも言えます。コミュニケーションの成功には“傷つけないこと”が非常に重要です。
INTERVIEW
▼経歴
- 1988年 名古屋市立大学医学部卒業
- 1988年 名古屋市立大学医学部第1外科
- 1991年 公益財団法人名古屋港湾福利厚生協会
臨港病院外科医員 - 1993年 名古屋市立大学大学院医学研究科修了
博士(医学) - 1997年 刈谷総合病院外科医長
- 2000年 刈谷豊田総合病院東分院診療部
- 2008年 同上 医療技術科部長
- 2015年 一宮医療療育センター診療部長
- 2016年 岐阜医療科学大学保健科学部
臨床検査学科 非常勤講師
▼資格
- 日本外科学会 外科認定医・専門医(認定登録医)
- 日本小児外科学会 小児外科専門医(認定登録医)
- 日本褥瘡学会 認定褥瘡医師
- 日本静脈経腸栄養学会 TNT研修会修了
- 緩和ケア研修会修了
- 日本医師会認定産業医
- 難病指定医
▼所属学会
- 日本外科学会
- 日本小児外科学会
- 日本重症心身障害学会
- 日本緩和医療学会
- 日本褥瘡学会
- Q1: 医師を志した理由を教えて下さい。
- 手塚治虫のブラック・ジャックに憧れていたのと、高校2年の時、救命救急医療のドキュメンタリー番組を観たのが医学を志すきっかけとなったように思います。医学部卒業後は、自分の手で直接患者さんを治療できる外科を選択し、その中でも小児外科を専攻しました。その後は一般・消化器外科を経て、療養病床で慢性期医療(脳血管障害や神経難病などで、心身に何らかの障がいを抱えることになり継続的な入院療養が必要となった方の医学的管理、ケア、リハビリテーションなど)を経験しました。その間、寝たきりに近い患者さんの褥瘡対策や、人生の最終段階における様々な苦痛を可能な限り軽減し、その人らしく生を全うできるよう支える医療である緩和ケア診療(がん・非がん)にも携わってきました。
- Q2: 医師として大切にしている思いを教えて下さい。
- 医師といえども患者さんや障がい者の方々と同じ人間です。私自身も入院治療や手術を受けた経験がありますので、不安な気持ちや入院生活の不自由さがよく分かります。患者さんや障がい者の方々の思い(想い)を理解し、多職種との協働を大切にし、寄り添える医師になりたいと思っています。
【大切にしている言葉】(大学外科医時代の恩師 故由良二郎教授)
『臨床医にとって、一番の教科書は患者さんである(紙でできた本ではない)。』言い換えれば、「臨床医たるもの、現場に行って患者さんをしっかりと診なさい」ということ - Q3: ご利用者様と接する上で心がけていることを教えて下さい。
- (小児)外科医としての経験や、慢性期医療の現場で学んだ内科的な経験を活かし、言葉によるコミュニケーションが困難な方からの様々なメッセージを見逃さないように心がけます。
- Q4: 一宮医療療育センターで働きながら、あなたが目指すことを教えて下さい。
- 入所者の方々の人間としての尊厳を守り、「医療」のみならず「療育」という生活の場であることを重視し、安全に、楽しく、輝いて過ごせるよう「支える医療・ケア」を目指します。
INTERVIEW
▼経歴
- 2001年 藤田保健衛生大学病院 研修医
- 2003年 藤田保健衛生大学病院 神経内科
- 2014年 名古屋記念病院 神経内科
- 2018年 一宮医療療育センター 医師
- Q1: 医師としてのキャリアと抱負を教えてください。
- 神経内科医として今まで経験した事を少しでもご利用者様に還元できるように毎日の診療にあたりたいと思っております。
- Q2: 医師として大切にしている思いを教えて下さい。
- 患者様の言葉に常に耳を傾け、患者様が今何に1番苦しんでいるのかを考え、少しでも早く苦しみを緩和させてあげれるように努力する。
INTERVIEW
▼経歴
- 1985年 熊本大学医学部卒業
- 1986年 JA静岡厚生連 静岡厚生病院
- 1988年 豊橋市民病院
- 1992年 精隷三方原病院
- 1995年 名古屋市立大学医学部附属病院 小児科
(愛知学院大学 歯学部内科助教 兼任) - 1999年 岐阜県立多治見病院
- 2002年 JA三重厚生連三重北医療センター
いなべ総合病院 診療部長 - 2011年 JA三重厚生連三重北医療センター
菰野厚生病院 臨床副院長 - 2018年 JA三重厚生連三重北医療センター
いなべ総合病院 院長補佐
- Q1: 医師を志した理由を教えてください。
- 優秀であった私の叔父が戦時中に学童集団疎開で、栄養失調が原因で亡くなっていることを幼小児期より聞いていたことや、医療の行き届かない戦時中に生まれ寝たきり状態の重症心身障害になった別の叔父を、祖母や母兄弟が献身的に介護している様子を幼小児期より目の当たりにしてきたためか、いつしか無意識的に医師に、特に小児科医にという気持ちが芽生えていたのだと思います。
- Q2: 医師として大切にしている思いを教えてください。
- 自らの足りていることを知り常に意識して、そのことに感謝する気持ちから生まれる他者への“慈悲”の心を大切に、これからも医師として、そして人としても歩み続けていきたいと思っています。
INTERVIEW
▼経歴
- 1974年 名古屋大学医学部卒業
- 1974年 社会保険中京病院(内科)研修
- 1976年 東京女子医科大学付属日本心臓血圧研究所外科
レジデント - 1978年 社会保険中京病院心臓血管外科医員および医長
- 1985年 名古屋大学胸部外科勤務
- 1985年 国立療養所中部病院外科医長
- 1988年 大垣市民病院胸部外科医長
- 1994年 社会保険中京病院心臓血管外科主任部長
- 2003年 あいち小児保健医療総合センター循環器部長
- 2010年 あいち小児保健医療総合センターセンター長
- 2015年 あいち小児保健医療総合センター
名誉センター長兼顧問 - 2016年 人間環境大学 地域包括医療研究センター長
- 2016年 一宮医療療育センター・一宮西病院 医師
▼資格
- 心臓血管外科 専門医
- 外科専門医
- 日本胸部外科学会 正会員・指導医・認定医
- 日本外科学会 認定医
- 日本心臓血管外科学会 特別会員
- 日本小児循環器学会 評議員
- Q1: 医師を志した理由を教えて下さい。
- (理由)
大学進学時、建築士の道か医学の道かを迷いましたが、一生の仕事として私には医師があっているのではないかと思い、医学部受験しました。医師になって研修時代には内科を専攻していましたが心臓を再構築する外科治療を習得したいと、東京女子医科大学病院で修練医となりました。将来何十年も機能する心臓を作り上げる先天性心疾患の手術を自分のライフワークにしたことは、建物を作り上げる建築士への思いと相通じるものを感じています。小児センター長になって救急棟建設の機会をいただき、何十枚もの設計図を描いたことにも若い時代の思いに通じるものがありました。 - Q2: 医師として大切にしている思いを教えて下さい。
- 心臓外科医はリスクの高い手術を行うことが多く、様々な局面で瞬時の判断が要求されますが、患者さんの全身を常に把握し、その場面に応じた最も適切な判断ができるように多くの引き出しを持ちたいと思っています。医療は様々な職種の人の力で成り立つので、良いチーム作りが最も大切であると思っています。
小児期に先天性心疾患手術を受けた人が成人期になり、そのほとんどが、普通の仕事を持ち、次の世代を育てる状況になっています。その人達を定期支援する外来を一宮西病院および、いくつかの病院で成人先天心外来としてサポートしています。その中で医師、薬剤師、看護師など数多くの医療職が誕生しております。医療は様々な職種の人の力で成り立つので、良いチーム作りが最も大切だと思っており、医療系各種学校での教育にも携わっております。
INTERVIEW
▼経歴
- 1982年 名古屋市立大学医学部脳神経外科学
臨床研修医 - 1984年 名鉄病院脳神経外科勤務
- 1985年 国立東静病院脳神経外科勤務
- 1988年 名古屋市立大学脳神経外科学教室助手
- 1989年 掛川市立総合病院脳神経外科医長勤務
- 1992年 名古屋市立東市民病院脳神経外科副部長勤務
- 1993年 蒲郡市民病院脳神経外科医長勤務
- 2001年 名古屋市立大学臨床助教授
- 2002年 名古屋市立大学臨床教授
- 2010年 蒲郡市民病院副院長
- 2016年 蒲郡市民病院顧問
- 現在に至る。
▼資格
- 日本脳神経外科学会 専門医
- 日本脳卒中学会 専門医 指導医
- 日本脳神経血管内治療学会 専門医
- 日本神経内視鏡学会 技術認定医
- 日本脳卒中の外科 技術指導医
- 日本麻酔科学会 標榜医
- Q1: 医師を志した理由を教えて下さい。
- (理由)
消防士のように、全力を尽くして仕事をしたとき、だれからも恨まれることがない職業であることから。 - Q2: 医師として大切にしている思いを教えて下さい。
- 最後まで患者の疾病を直すこと、苦痛を減らすことに徹する。
INTERVIEW
▼経歴
- 1993年 香川医科大学卒業
- 1993年 浜松医科大学脳神経外科
- 1995年 静岡済生会総合病院
- 1998年 愛知県厚生連渥美病院整形外科
- 2001年 愛知県立尾張病院整形外科
- 2004年 愛知県青い鳥医療福祉センター整形外科
- 2005年 名古屋大学整形外科
- 2007年 あいち小児保健医療総合センター整形外科
- 2008年 愛知県心身障害者コロニー中央病院整形外科
- 2017年 豊橋市民病院整形外科
- 2020年 一宮医療療育センター
▼資格
- 日本整形外科学会 専門医
- Q1: 医師を志した理由を教えて下さい。
- (理由)
スポーツに対して何らかの貢献がしたいという気持ちがきっかけでした。大学卒業後は、脳神経外科から整形外科に移り、大学院での研究から小児整形に携わっておりました。 - Q2: 医師として大切にしている思いを教えて下さい。
- 誰もが楽に過ごせるようにしたいと考えています。
INTERVIEW
▼経歴
- 2002年 長崎大学医学部卒業
- 2002年 長崎大学小児科研修医
- 2003年 嬉野医療センター小児科
- 2005年 名古屋大学小児科入局
- 2018年 一宮医療療育センター 医師
- Q1: 医師としてのキャリアと抱負を教えてください。
- 4人の子育てのため医師としては長いブランクがあり、復職は難しいと考えていました。しかし、療育という分野では育児という経験もプラスになるかもしれないと思い、日々勉強させて頂いています。
- Q2: 医師として大切にしている思いを教えてください。
- 患者様、そしてその御家族それぞれに生活があります。 疾患のみにフォーカスするのではなく、より良く“生きる”ためには何が重要か、御家族と一緒に考え、サポートしていきたいと思います。
INTERVIEW
▼経歴
- 1975年 京都大学医学部卒業
- 1981年 心身障害児総合医療療育センター小児科
- 1985年 聖隷三方原病院小児科
- 1991年 おおぞら療育センター(重症心身障害児施設)所長
- 2006年 聖隷おおぞら療育センター所長・聖隷三方原病院小児神経科部長(併任)
- 2020年 はんな・さわらび療育園小児科・リハビリ科
▼資格
- 日本小児科学会専門医
- 日本小児神経学会専門医
- 日本リハビリテーション学会専門医
- Q1: 医師を志した理由を教えてください。
- 母が視神経脊髄炎(当時の病名はデビック病)にかかり、歩行障害を残しました。神経難病が身近にあったので、自然と医学に目が向いたということです。
- Q2: 医師として大切にしている思いを教えてください。
- 専門が小児神経学なので、治せない病気をたくさん診ています。その病気があっても、その人なりの最良の人生が送れるように、医師としての専門性を発揮したいと考えています。
INTERVIEW
- Q1: 看護師を志した理由を教えて下さい。
- 昔から子どもに携わる仕事がしたいと思い、看護師に憧れました。一度は一般企業で働いていましたが、夢を諦めきれず看護師になりました。
そんな中、障がいを持った児との関わりで心が通じ合ったときにやりがいを感じ、療育という分野に興味を持ちました。 - Q2: 看護師として大切にしている思いを教えて下さい。
- ご利用者様の特性や個別性を大切にし、よき理解者としてご利用者様の思いに寄り添った看護を心がけています。
- Q3: ご利用者様と接する上で心がけている事を教えて下さい。
- ご利用者様は何かを訴えることが難しいため、日ごろからの関わりを大切にして『いつもと違う』ことに気付けるように心がけています。
- Q4: 一宮医療療育センターで働きながら、あなたが目指すことを教えて下さい。
- 私たちが普段している『当たり前の生活』をご利用者様にしていただけるよう、お手伝いさせていただきたいと思っています。当センターに入所して本当によかったと思っていただけるよう努めていきます。
INTERVIEW
- Q1: 保育士を志した理由を教えて下さい。
- 前職では、子ども達に体育を教える仕事をしていました。その中で、病気になってしまう子がいた時、保育士として支えたいと思ったことがきっかけです。
- Q2: 保育士として大切にしている思いを教えて下さい。
- 一人ひとりが思っていること、感じていることをしっかりと聴くこと。そして「楽しい」と思えるような保育をすることです。
- Q3: ご利用者様と接する上で心がけている事を教えて下さい。
- 顔や表情、しぐさなど利用者様のサインを見逃さないようにすることです。
- Q4: 一宮医療療育センターで働きながら、あなたが目指すことを教えて下さい。
- 利用者様一人ひとりが過ごしやすい、充実していると思えるような支援をしていきたいです。日々の業務はもちろんですが、活動の時間などでも一日の終わりに楽しかった、満足したと感じてもらえるようにしていきたいです。
INTERVIEW
- Q1: 言語聴覚士を志した理由を教えて下さい。
- 以前から、医療分野に興味がありその中でも人と関わる仕事がしたいという気持ちがありました。いろいろ調べていくうちに言語聴覚士という職種を知り、とてもやりがいのある仕事だと感じ志しました。
- Q2: 言語聴覚士として大切にしている思いを教えて下さい。
- 長期的な視野を持ち、1人ひとりに合わせたアプローチを行いたいと思います。また、利用者様ご本人だけではなくご家族や他職種との連携を大切にしながら臨床に携わることを心がけています。
- Q3: ご利用者様と接する上で心がけていることを教えて下さい。
- 臨床の中だけではなく、生活の様子を見ながら利用者さんのサインをくみ取っていけるよう変化を見逃さないようにしています。
- Q4: 一宮医療療育センターで働きながら、あなたが目指すことを教えて下さい。
- ことばでのコミュニケーションが困難な方に対して、自分の意思や伝えたい気持ちを汲み取れるよう環境調整し能力が最大限発揮できるようにしていきたいと思います。また、コミュニケーションツールを用いて、他者との交流を楽しんでいけるよう橋渡しをしていきたいと思います。
INTERVIEW
- Q1: 歯科衛生士を志した理由を教えて下さい。
- 知り合いの歯科医師から、歯科衛生士の職業を紹介され「お口の予防に携われる職業」として将来性を感じ選択しました。歯科衛生士を続ける中で、障害者歯科と出会い関わりの中で魅力を感じて今日に至ります。
- Q2: 歯科衛生士として大切にしている思い
- 利用者さまの口腔衛生状態を維持していくためには、病棟スタッフの協力が不可欠です。 病棟スタッフに口腔ケアの重要性とケアの方法を伝えることも含め、多職種と協働して利用者さまに関わっていければと思います。
- Q3: ご利用者様と接する上で気をつけていること
- 利用者さまの目の動きや表情から、体調や気持ちに寄り添いリラックスして口腔ケアを受けていただけるように心がけています。
- Q4: 働きながらあなたが目指すこと
- 「木を見て森を見ず」のことわざのように「歯」だけをみている歯科衛生士にならないよう心がけています。利用者さまの口腔ケアをしている時の気づきが、体調の変化に関係がある場合もあります。口腔内で得られた情報を医師・歯科医師など他職種に伝えることで、利用者さまの健康を守るお手伝いができればと考えています。